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戦国時代検定 グループ分け

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  1. 2014/05/03(土) 12:55:44|
  2. 戦国時代検定
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戦国時代検定 一問多答

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次のうち、豊臣秀吉に仕えた軍師を全て選びなさい
○黒田官兵衛、竹中半兵衛、蜂須賀正勝
×山中勘助

次のうち、戦国時代の大名・今川義元が最盛期に支配していた国を全て選びなさい
○駿河国、遠江国、三河国、のみ

次のうち、九州を支配した戦国大名を全て選びなさい
○大友宗麟、龍造寺隆信
×尼子義久(出雲)、長宗我部元親(土佐)、三好長慶(徳島県三好市)

次のうち、九州の戦国大名・大友宗麟に仕えた武将を全て選びなさい
○立花道雪、角隈石宗(つのくませきそう)
×松田憲秀(のりひで後北条氏)、片倉小十郎(伊達氏)

次のうち、織田信長が戦った戦国時代の合戦を全て選びなさい
○桶狭間の戦い(1560)、姉川の戦い(1570)、長篠の戦い(1575)
×山崎の戦い(1582)、賤ヶ岳の戦い(1583)

次の事件のうち豊臣秀吉の朝鮮出兵の呼び名を全て選びなさい
○文禄の役(1592)、慶長の役(1598)、のみ
×文永の役(1274)、弘安の役(1281)

次のうち、戦国時代に各地の戦国大名が定めた「分国法」にあたるものを全て選びなさい
○今川仮名目録、甲州法度之次第、塵芥集(伊達氏)
×今鏡、禁中並公家諸法度、往生要集(源信,恵心僧都)

次のうち、戦国武将・毛利元就の「三本の矢の教え」の逸話に登場する息子の名前を全て選びなさい
○隆元、元春、隆景、のみ (毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)
×輝元、隆弘、元秋、元清

次のうち、毛利元就が「毛利両川」と呼ばれる体制を作るべく我が子を送り込んだ家を全て選びなさい(毛利両川,もうりりょうせん)
○吉川氏、小早川氏、のみ
×芥川氏、小石川氏、中川氏
(吉川氏には次男の吉川元春(毛利元春)、小早川氏には三男の小早川隆景を養子として送り込んだ)(小早川氏=安芸国(広島県))

次のうち、僧侶から還俗した戦国武将を全て選びなさい
○龍造寺隆信、斎藤道三、今川義元
×島津義久

次のうち、合戦で戦死したとされる戦国武将を全て選びなさい
○今川義元、斎藤道三
×北条早雲、武田信玄、上杉謙信、豊臣秀吉、加藤清正(病死)


次のうち、小田原城を居城とした「後北条氏」の大名を全て選びなさい
○北条早雲(1)、北条氏綱(2)、北条氏康(3)、北条綱成(4つなしげ)、北条氏政(5)、北条氏直(6)、のみ (早雲と氏)
×北条義時(第2代執権)、北条守時(鎌倉幕府第16代執権最後)

次のうち、織田信長の寵愛を受けた戦国武将・森蘭丸の兄弟を全て選びなさい[森蘭丸=森成利(もりなりとし)]
○森可隆(よしたか)、森長可(ながよし)、、森坊丸(ぼうまる)、森力丸(りきまる)、森忠政(ただまさ)、のみ
×森可成(よしなり父)、森桜丸、森菊丸、森花丸、森歌丸

次のうち、豊臣秀吉が京都に建てた「聚楽第」の遺構とされるものを全て選びなさい
○西本願寺飛雲閣、大徳寺唐門、妙覚寺大門、妙心寺播桃院玄関
×西芳寺湖南亭、南禅寺三門、東福寺塔頭、清水寺本堂

次のうち、戦国時代の合戦で使用された「武田家八陣」と呼ばれる陣形にあるものをすべて選びなさい
○長蛇(I)、衡軛(II)、雁行(/)、鋒矢(↑)、魚鱗(魚)、鶴翼(∨)、偃月(Λ)、方円(○)、のみ
×顕錬、双眼、鳥股、車掛

次のうち、足利義昭の命により信長包囲網を結成した武将を全て選びなさい
○浅井長政(近江)、朝倉義景(越前)、(武田信玄、六角義賢(近江)、三好氏(阿波,讃岐,淡路))
×徳川家康、伊達政宗、長宗我部元親、毛利元就

次のうち、豊臣秀吉の側室を全て選びなさい(大意)(正室は高台院(ねね))
○淀殿(父:浅井長政,母:お市)、松の丸殿(京極竜子)(父:京極高吉)、三の丸殿(父:織田信長)、南殿、円融院(側室か定かでない)
×愛姫(伊達政宗の正室)、原田直子(織田信長の側室)、五郎八姫(いろはひめ,伊達政宗の長女)、徳子(江のこと?)

次の司馬遼太郎の小説のうち戦国時代を舞台にした作品を全て選びなさい
○『箱根の坂』(北条早雲)、『播磨灘物語』(黒田官兵衛)、『国盗り物語』(斎藤道三)、『覇王の家』(徳川家康)、『梟の城』(秀吉暗殺を依頼された伊賀忍者・葛籠重蔵(つづらじゅうぞう))
×『燃えよ剣』(土方歳三)、『坂の上の雲』(秋山真之)、『世に棲む日日』(吉田松陰,高杉晋作)、『翔ぶが如く』(西郷隆盛,大久保利通)、『菜の花の沖』(江戸時代の廻船業者・高田屋嘉兵衛)

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次のうち、豊臣秀吉が設置した「五奉行」に含まれる戦国武将を全て選びなさい
○浅野長政(司法)、石田三成(行政)、増田長盛(土木)、長束正家(財政)、前田玄以(宗教)、のみ

次のうち、豊臣秀吉が設置した「五大老」に含まれる戦国武将を全て選びなさい
○徳川家康、前田利家、毛利輝元、宇喜多秀家、小早川隆景、上杉景勝、のみ

次のうち、豊臣政権で五大老と五奉行の間の調節をした「三中老」を全て選びなさい
○生駒親正(讃岐高松17万石)、中村一氏(駿河府中14万石)、堀尾吉晴(遠江浜松12万石)、のみ
×氏家行広(ゆきひろ)、相馬義胤(よしたね)

次のうち「織田信長の四天王」に数えられた戦国武将を全て選びなさい
○柴田勝家(1522-1583)、丹羽長秀(1525-1586)、明智光秀(1528-1582)、滝川一益(1535-1585)、のみ
×豊臣秀吉、朝倉義景、森長可

次のうち、戦国時代に活躍した「美濃三人衆」の一人に数えられる武将を全て選びなさい
○稲葉一鉄、安藤守就(もりなり)、氏家卜全(うじいえぼくぜん)、のみ
×斉藤義龍(よしたつ)

次のうち「三好三人衆」に数えられた戦国武将を全て選びなさい
○三好長逸(ながやす)、三好政康(まさやす)、岩成友通(いわなりともみち)
×三好長慶(ながよし)、三好義継(よしつぐ)、十河一存(そごうかずまさ)

次のうち「賤ヶ岳の七本槍」に数えられる戦国時代の武将を全て選びなさい
○福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治(わきざかやすはる)、平野長泰、糟屋武則(かすやたけのり)、片桐且元、のみ
×柴田勝豊、本多忠勝、佐々成政、蒲生氏郷、大谷吉継、池田恒興(いけだつねおき)

次のうち、下克上の典型とされ「戦国三梟雄」の1人にも数えられる武将を全て選びなさい
○斎藤道三、松永久秀、北条早雲、のみ
×赤松満祐(みつすけ)、明智光秀

次のうち、戦国武将・真田幸村に仕えたとされる「真田十勇士」のメンバーを全て選びなさい
○海野六郎(うんのろくろう)、望月六郎(もちづきろくろう)
×赤星六郎、井上六郎、篠房六郎
[真田十勇士]
猿飛佐助、穴山小介、根津甚八、由利鎌之助、海野六郎、望月六郎、三好清海入道、三好伊三入道、
霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)、筧十蔵(かけいじゅうぞう)
(実在の戦国武将・三好政康がモデルの真田幸村に仕えたとされる「真田十勇士」の一人は三好○○入道?(スロット)→三好青海入道)
(実在の戦国武将・三好政勝がモデルの真田幸村に仕えたとされる「真田十勇士」の一人は三好○○入道?(スロット)→三好伊三入道)

次のうち、「茶湯の三大宗匠」と称された戦国時代の茶人を全て選びなさい
○千利休、津田宗及、今井宗久、のみ
×織田有楽

次のうち千利休の弟子である「利休七哲」に数えられる人物を全て選びなさい
○細川忠興、古田織部、芝山監物、蒲生氏郷、高山右近、瀬田正忠(まさただ,掃部,かもん)、牧村利貞(まきむらとしさだ,兵部,ひょうぶ)
×今井宗久、小西行長、大友宗麟、有馬晴信
(「利休七哲」の一人/小倉藩の初代藩主/茶道・三斎流の開祖といわれる/妻の洗礼名はガラシャ→細川忠興)
(「利休七哲」の一人/名前は「重然」/豊臣家の筆頭茶人/独特の形状の茶碗→古田織部(重然,しげなり))
(「利休七哲」の一人/号は「宗綱」/元々は石山本願寺に属する/手水鉢や緞子などに名を残す→芝山監物(宗綱,むねつな))
(「利休七哲」の一人/「風流の利発人」/会津藩発展の基礎を築く/洗礼名は「レオン」→蒲生氏郷)


次のうち、織田信長が摂津攻略後に統治させ「摂津三守護」と呼ばれた武将を全て選びなさい
○池田勝正(いけだかつまさ)、和田惟政(わだこれまさ)、伊丹親興(いたみちかおき)、のみ
×甘粕景持(あまかすかげもち)

次のうち、「府中三人衆」と呼ばれた織田信長の家臣を全て選びなさい(大意)
○不破光治(ふわみつはる)、佐々成政、前田利家、のみ (越前国)
×和田惟政、伊丹親興、宇佐美定満(うさみさだみつ)

次のうち、「上杉四天王」と呼ばれた上杉謙信に仕えた武将を全て選びなさい
○柿崎景家(かきざきかげいえ)、直江景綱(なおえかげつな)、宇佐美定満(うさみさだみつ)、甘粕景持(あまかすかげもち)、のみ
×本庄繁長(ほんじょうしげなが)、色部勝長(いろべかつなが)、新発田重家(しばたしげいえ)
次の文字列を組み合わせて七手組大将と呼ばれた上杉景勝の家臣の名前にしなさい
柿崎景家(かきざきかげいえ)
新発田長敦(しばたながあつ)
中条藤資(なかじょうふじすけ)
本庄繁長(ほんじょうしげなが)
(竹俣清綱(たけのまたきよつな)
(色部勝長(いろべかつなが))
(加地春綱(かじはるつな))

次のうち、毛利輝元を補佐し「四人衆」と呼ばれた家臣を全て選びなさい
○吉川元春、小早川隆景、口羽通良(くちばみちよし)、福原貞俊(ふくばらさだとし)、のみ
×清水宗治、児玉就忠(こだまなりただ)、乃美宗勝(のみむねかつ)、熊谷信直(くまがいのぶなお)、臼杵鑑速(うすきあきすみ,うすきあきはや)

次のうち、「豊後三老」と呼ばれた大友宗麟の家臣を全て選びなさい
○臼杵鑑速(うすきあきすみ)、吉岡長増(よしおかながます)、吉弘鑑理(よしひろあきまさ,よしひろあきただ)、のみ
×立花道雪、福原貞俊(ふくばらさだとし)、田原親賢(たわらちかかた,たばるちかかた)

次のうち、「龍造寺四天王」と呼ばれた龍造寺隆信の家臣を全て選びなさい(大意)
○江里口信常(えりぐちのぶつね)、成松信勝(なりまつのぶかつ)、百武賢兼(ひゃくたけともかね)、円城寺信胤(えんじょうじのぶたね)、木下昌直(きのしたまさなお)
×

次のうち、戦国三大美少年と呼ばれる小姓を全て選びなさい(大意)
○名古屋山三郎(なごやさんさぶろう)、不破万作(ふわばんさく)、浅香庄次郎(あさかしょうじろう)
×

次のうち、室町時代に侍所の所司に任ぜられた四職を全て選びなさい
○山名氏、赤松氏、一色氏、京極氏、のみ (赤山一京)
×細川氏、畠山氏、斯波氏

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[家系]
次のうち、織田信長の妹・お市の方を妻にした戦国武将を全て選びなさい
〇浅井長政、柴田勝家、のみ
×丹羽長秀(にわながひで)、蒲生氏郷

次のうち徳川家康の次女・督姫が結婚した相手を全て選びなさい[督姫(とくひめ)]
○北条氏直、池田輝政、のみ
×前田利長、蒲生秀行、本多忠刻(ただとき)

次のうち徳川秀忠の娘・千姫が正妻となった武将を全て選びなさい
○豊臣秀頼、本多忠刻、のみ
×北条氏直、前田利長

次のうち、NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国』の主人公・江の子供を全て選びなさい(崇源院,江=佐治一成・豊臣秀勝・徳川秀忠と結婚)
○徳川家光(3)、千姫(豊臣秀頼・本多忠刻の正室)、(豊臣完子(さだこ)、珠姫、勝姫、初姫、徳川忠長、徳川和子)
×徳川秀忠(2)、徳川家綱(4)、淀殿、五郎八姫(伊達政宗)、小松姫(本多忠勝)

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[城]
次のお城のうち丘陵に築かれた平山城を全て選びなさい
○姫路城(平山城)、彦根城(平山城)
次のお城のうち平地に築かれた平城を全て選びなさい
○弘前城(平城)、松本城(平城)、名古屋城(平城)、(二条城)
(竹田城=兵庫県朝来市にある山城)

次のうち、国宝に指定されている城を全て選びなさい(画像)
○丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、のみ
×熊本城、大阪城

次のうち戦国時代のままの天守閣が現存する城を全て選びなさい
○弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城、のみ
×江戸城、新発田城(新潟県新発田市)
[現存12天守](○は国宝、残りは重要文化財)
弘前城(青森県弘前市)
松本城(長野県松本市)
丸岡城(福井県坂井市)○
犬山城(愛知県犬山市)○
彦根城(滋賀県彦根市)○
姫路城(兵庫県姫路市)○
松江城(島根県松江市)
備中松山城(岡山県高梁市たかはしし)
丸亀城(香川県丸亀市)
松山城(愛媛県松山市)
宇和島城(愛媛県宇和島市)
高知城(高知県高知市)

次のうち、城造りで名高い藤堂高虎が築城・改修を手掛けた城を全て選びなさい
○篠山城(兵庫県篠山市)、膳所城(ぜぜ滋賀県大津市)、
津城(三重県津市)、伊賀上野城(三重県伊賀市)、
宇和島城(愛媛県宇和島市)、今治城(愛媛県今治市)
×福岡城、中津城(大分県中津市)、熊本城(加藤清正)、姫路城(池田輝政が改修)

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[外国人]
次の天正遣欧少年使節のメンバーのうち、正使だったメンバーを全て選びなさい
○伊東マンショ、千々石ミゲル
次の天正遣欧少年使節のメンバーのうち、副使だったメンバーを全て選びなさい
○中浦ジュリアン、原マルティノ

次のうち、戦国時代に来日した外国人を全て選びなさい
○オルガンティーノ(Gnecchi-Soldo Organtino伊)、バリニャーノ(Alessandro Valignano伊)、ルイス・フロイス(Luis Frois葡)、フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)
×イグナティウス・デ・ロヨラ(Ignacio Lopez de Loyola西,イエズス会総長)、シーボルト、タウンゼント・ハリス、アーネスト・サトウ

次のうち、天正遣欧少年使節が謁見したローマ教皇を全て選びなさい
○グレゴリウス13世、シクストゥス5世、のみ
×ウルバヌス7世、インノケンティウス9世

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[戦い]
次のうち、1577年の手取川の戦いに参加した武将を全て選びなさい
○上杉謙信、織田信長、柴田勝家
×長宗我部元親、武田信玄、徳川家康
(1577年に加賀国で織田信長が上杉謙信に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(タイピング)→手取川の戦い(てとりがわ)(石川県))

次のうち、1578年の上月城の戦いに参加した武将を全て選びなさい(大意)
○毛利輝元、吉川元春、尼子勝久、山中鹿之助 
×大内義興、島津義久
(1578年に播磨国で毛利輝元軍と尼子勝久・羽柴秀吉・山中幸盛連合軍が衝突した戦いのことを「○○城の戦い」という?(スロット)→上月城の戦い(兵庫県)(毛利軍の勝利、尼子氏滅亡))

次のうち、1578年に九州の耳川の戦いで戦った武将を全て選びなさい
○島津義久、大友宗麟、のみ (大友軍:田原親賢(たわらちかかた))
×大内義興、大内義則、有馬晴信、陶晴賢、鍋島直茂
(日向に攻め込んだ大友宗麟軍を島津義久軍が迎え撃った1578年の合戦は「○川の戦い」?(タイピング)→耳川の戦い(みみかわ)(1578)(大友軍の大敗))

次のうち、1582年の天目山の戦いに参加した戦国武将を全て選びなさい
○武田勝頼、織田信長
×武田信玄、上杉謙信、浅井長政、朝倉義景、伊達政宗
(甲州征伐の天目山の戦いで武田氏滅亡)

次のうち、1582年の神流川の戦いで争った武将を全て選びなさい(大意)
○北条氏直(5)、滝川一益
×織田信長、羽柴秀吉、徳川家康、上杉謙信
(神流川の戦い(かんながわ)=織田信長が本能寺の変によって敗死した後、
織田方の滝川一益と北条氏直・北条氏邦が武蔵国で争った戦い。戦国時代を通じて関東地方で最も大きな野戦とも言われている。滝川軍の大敗)

次のうち、1582年の天正壬午の乱で戦った武将を全て選びなさい
○徳川家康、北条氏直(5)
×滝川一益、羽柴秀吉、上杉謙信
(大まかには徳川家康と北条氏直の戦いとして説明されるが)
(本能寺の変によって空白地帯となった旧武田領を巡って、周辺の大名である徳川家康・北条氏直・上杉景勝が争った出来事である)

次のうち、1582年に織田信長の後継者を決めるために開かれた清州会議に出席した人物を全て選びなさい
○羽柴秀吉、柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興、のみ (織田秀信(三法師))
×滝川一益、前田利家、織田信雄
(滝川一益は関東地方へ出陣中で欠席した。直前の神流川の戦いでの敗戦を口実に参加を拒まれたとの説もある)

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[応仁の乱]
次のうち、応仁の乱で東軍についた人物を全て選びなさい
○足利義視(よしみ)、山名是豊、畠山政長、京極持清、赤松政則、斯波義敏、北畠教具(のりとも)

次のうち、応仁の乱で西軍に属した人物を全て選びなさい
○足利義尚(よしひさ第9代将軍)、山名宗全、畠山義就(よしなり)、畠山義統(よしむね)、斯波義廉(よしかど)、一色義直、大内政弘、小笠原清宗

[東軍 - 西軍]
足利氏 - 足利義視 - 足利義尚(第9代将軍,父:足利義政8,母:日野富子)
細川氏 - 細川勝元 - ×
斯波氏 - 斯波義敏 - 斯波義廉
畠山氏 - 畠山政長 - 畠山義就 畠山義統
山名氏 - 山名是豊 - 山名宗全
京極氏 - 京極持清
赤松氏 - 赤松政則
北畠氏 - 北畠教具
大内氏 - - 大内政弘
一色氏 - - 一色義直
小笠原氏 - - 小笠原清宗

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[関ヶ原の戦い]
次の戦国武将のうち、関ヶ原の戦いで東軍に属した人物を全て選びなさい
○徳川家康、前田利長、伊達政宗、福島正則、加藤清正、細川忠興、池田輝政、黒田長政、加藤嘉明、藤堂高虎、山内一豊

次の戦国武将のうち、関ヶ原の戦いで西軍に属した人物を全て選びなさい
○毛利輝元、上杉景勝、島津義弘、宇喜多秀家、佐竹義宣、小早川秀秋、長宗我部盛親、小西行長、増田長盛、石田三成、大谷吉継

次のうち関ヶ原の戦いで西軍から東軍へ寝返った大名を全て選びなさい
○小早川秀秋、吉川広家、小川祐忠(すけただ)、脇坂安治、赤座直保(あかざなおやす)、朽木元綱(くつきもとつな)
×宇喜多秀家、島津義弘、上杉景勝

次の「関ヶ原の戦い」で東軍に属した武将を合戦直前の石高が多かった順に選びなさい
徳川家康(256)→前田利長(84)→伊達政宗(58)→福島正則(24)
→加藤清正(20)→細川忠興(18)→加藤嘉明(10)→藤堂高虎(11)→山内一豊(6)

[関ヶ原の戦い 東西大名一覧]
(○印は関ヶ原に布陣した大名、●は寝返った大名)
[東軍武将 石高(万石)]
徳川家康 (255.0)○
前田利長 (83.0)
伊達政宗 (58.0)
加藤清正 (24.5)
福島正則 (20.0)
細川忠興 (18.0)○
浅野幸長 (16.0)○
池田輝政 (15.2)○
黒田長政 (18.0)○
加藤嘉明 (10.0)○
田中吉政 (10.0)○
藤堂高虎 (8.0)○
最上義光 (24.0)
山内一豊 (5.9)○
蜂須賀至鎮 (17.7)
本多忠勝 (10.0)○
寺沢広高 (8.0)○
生駒一正 (15.0)○
井伊直政 (12.0)○
松平忠吉 (10.0)○
筒井定次 (20.0)○
京極高知 (10.0)○
[西軍武将 石高(万石)]
毛利輝元 (120.5)
上杉景勝 (120.0)
島津義久 (73.0)
宇喜多秀家 (58.0)○
佐竹義宣 (54.0)よしのぶ
小早川秀秋 (35.7)●
長宗我部盛親 (22.0)○
小西行長 (20.0)○
増田長盛 (20.0)
石田三成 (19.4)○
吉川広家 (14.2)●
小川祐忠 (7.0)●
大谷吉継 (5.0)○
脇坂安治 (3.3)●
赤座直保 (2.0)●
朽木元綱 (1.0)●
安国寺恵瓊 (6.0)○
織田秀信 (13.5)
長束正家 (5.0)○
毛利秀元 (20.0)○
戸田勝成 (1.0)○
真田昌幸 (3.8)

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[意味まとめ]
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  1. 2014/05/03(土) 12:54:13|
  2. 戦国時代検定
  3. | トラックバック:13
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戦国時代検定 順番当て

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次の武田信玄と徳川家康の戦いを古い順に選びなさい
一言坂の戦い(1572)→二俣城の戦い(1572)→三方ヶ原の戦い(1573)→野田城の戦い(1573)
(一言坂の戦い(ひとことざか)(1572)=武田信玄の西上作戦の過程で行われた戦いであり二俣城の戦いと三方ヶ原の戦いの前哨戦である)
(二俣城の戦い(1572)=静岡県浜松市にある二俣城の攻防戦)
(三方ヶ原の戦い(1573)=静岡県浜松市。武田信玄の西上作戦の過程で行われた戦い。武田軍の圧勝)
(野田城の戦い(1573)=西上作戦の最終盤の戦い。武田信玄最後の戦としても有名である。武田軍の勝利)

次の人物を戦国武将・島左近が仕えた順に選びなさい
筒井順慶→豊臣秀長→石田三成
(「大和大納言」と呼ばれた豊臣秀吉の弟は豊臣○○?(タイピング)→豊臣秀長)

次の浅井長政の娘を早く生まれた順に選びなさい
淀殿→初→江

次の戦国時代の戦場における役割を格上の順に選びなさい
総大将→脇大将→旗大将

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[関ヶ原の戦い]
次の「関ヶ原の戦い」で東軍に属した武将を合戦直前の石高が多かった順に選びなさい(単位:万石)
徳川家康(256)
前田利長(84)
伊達政宗(58)
福島正則(24)
加藤清正(20)
細川忠興(18)
加藤嘉明(10)
藤堂高虎(11)
山内一豊(6)

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[分国法]
次の戦国時代の分国法を条文の数が多い順に選びなさい
塵芥集 (171ヶ条)
結城家法度 (106ヶ条)
今川仮名目録(33ヶ条)(+義元は21ヶ条を追加)
大友義長条々(25ヶ条)(17条+追加8条の計25ヶ条)
朝倉孝景条々(17ヶ条)

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[元号]
次の戦国時代の元号を使われた順に選びなさい
文明→延徳→文亀→永正→享禄→天文→元亀
[戦国時代]
文明(1469-1487)
長享(1487-1489)
延徳(1489-1492)
明応(1492-1501)
文亀(1501-1504)
永正(1504-1521)
大永(1521-1528)
享禄(1528-1532)
天文(1532-1555)
弘治(1555-1558)
永禄(1558-1570)
元亀(1570-1573)
[安土桃山時代]
天正(1573-1593)
文禄(1593-1596)
慶長(1596-1615)

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[城]
次の戦国武将を佐和山城を居城とした順に選びなさい(滋賀県彦根市の佐和山)
丹羽長秀(羽柴の由来)→堀秀政(1583)→堀尾吉晴(三中老)→石田三成(1590)→井伊直政

次の城を織田信長が居城にした順に選びなさい
那古野城(愛知県名古屋市)(1534-1555)(織田信長生誕の城)(旧城地は廃城から半世紀ほど後に名古屋城)
清洲城(愛知県清須市)(1555-1563)
小牧城(愛知県小牧市)(1563-1567)
岐阜城(岐阜県岐阜市)(1567-1576)
安土城(滋賀県近江八幡市)(1576-1582)

次の城を伊達政宗が居城にした順に選びなさい
米沢城→岩出山城→仙台城→若林城
米沢城(山形県米沢市)(1584-1589)
(黒川城(福島県会津若松市)(1589-1590))
(米沢城(山形県米沢市)(1590-1591))
岩出山城(宮城県大崎市)(1591-1601)
仙台城(宮城県仙台市)(1601-1627)
若林城(宮城県仙台市)(1627-1636)

次の城の写真を築城されたのが早い順に選びなさい(画像)
姫路城(1346)
会津若松城(1384)
小田原城(1417)
熊本城(1469)
松本城(1504)
犬山城(1537)
(大阪城(1583)
和歌山城(1585)
名古屋城(1609)

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[語句作成]

次の文字列を順に選んで戦国武将・武田信玄の言ったとされる言葉にしなさい
人は城 人は石垣 人は堀

次の文字列を順に選んで恵林寺の焼き討ちに際して快川紹喜が残したとされる有名な言葉にしなさい
心頭滅却すれば火も自ずから涼し

次の文字列を順に選んで「家康に過ぎたるもの二つあり」に続く、戦国武将・本多忠勝を評した言葉にしなさい
唐の頭に本多平八

次の文字列を順に選んで戦国武将・豊臣秀吉の辞世(じせい)の句にしなさい
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 難波のことも夢のまた夢

次の文字列を順に選んで戦国武将・織田信長の法名にしなさい
総見院殿贈大相国一品泰巌大居士
(そうけんいんでん ぞう だいしょうこく いっぽん たいげんそんぎ)(総見院→殿贈大相国→一品→泰巌尊儀)

次の文字列を順に選んで戦国武将・豊臣秀吉の法名にしなさい
国泰祐松院殿霊山俊龍大居士
(こくたいゆうしょういんでん れいぜんしゅんりゅう だいこじ)(国泰祐→松院殿→霊山俊→龍大居士)

次の文字列を順に選んで戦国武将・明智光秀の辞世にしなさい(順大五覚)
順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元 (順逆無二門→大道徹心源→五十五年夢→覚来帰一元)
(順逆二門なし 大道は心の源に徹す 五十五年の夢も 覚め来たれば一元に帰す)
(じゅんぎゃくにもんなし だいどうはしんげんに ごじゅうごねんのゆめも さめきたればいちげんにきす)

次の文字列を順に選んで戦国武将・上杉謙信の辞世である漢詩にしなさい
「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」(四十九年→一睡夢→一期栄華→一杯酒)
(しじゅうくねん いっすいのゆめ いちごのえいが いっぱいのさけ)

次の文字列を順に選んで上杉謙信が七尾城の戦いで詠んだとされる漢詩にしなさい
霜は軍営に満ちて秋気清し 数行の過雁月三更 越山併せ得たり能州の景 遮莫あれ家郷の遠征を憶う
(しもはぐんえいにみちてしゅうききよし)(すうこうのかがんつきさんこう)(えつざんあわせえたりのうしゅうのけい)(さもあればかきょうえんせいをおもう)

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[戦い]
次の戦国時代の戦いを起きた順に選びなさい
河越城の合戦(1546)→箕輪城の戦い(1566)→立花城の戦い(1569)→小谷攻め(1573)→鳥取城の戦い(1580)→小田原征伐(1590)
河越城の合戦(1546)→桶狭間の戦い(1560)→三方ヶ原の戦い(1573)→長篠の戦い(1575)→鳥取城の戦い(1580)→山崎の戦い(1582)→小田原征伐(1590)
(1546年の河越城の戦いで北条氏康の奇襲攻撃を受け戦死した、扇谷上杉氏の最後の当主は誰?(四択)→上杉朝定(うえすぎともさだ))
(箕輪城(みのわじょう)=群馬県高崎市。長野氏の居城だが孤立していき、1566年に武田軍は箕輪城への総攻撃を仕掛け、頼みの上杉謙信の援軍を待たずして落城し長野業盛は自刃して果てた)
(立花城の戦い(1569)=安芸国の毛利元就が博多を守る要衝であった立花山城を攻略、大友宗麟と全面対決へと至った。しかし大内輝弘の乱(1569)発生により九州から撤退)
(戦国大名・浅井氏の居城だった滋賀県長浜市にあったお城です「小谷城」→小谷城(おだにじょう)(小谷城の戦い(1573)))
(鳥取城の戦い(1581)=羽柴秀吉は播磨・三木城攻め(三木合戦)で別所長治に行った兵糧攻めをここでも実施した)
(小田原征伐(1590)=豊臣秀吉が関東の後北条氏を降した合戦)


次の戦国時代の出来事を五十音順に選びなさい
桶狭間の戦い→川中島の戦い→享禄・天文の乱→砥石城の戦い
(「洞の乱」とも呼ばれる稙宗、晴宗の親子が対立し伊達家を二分した争いといえば?(四択)→天文の乱(洞の乱(うつろのらん))(1542-1548)(伊達稙宗(だてたねむね))(伊達晴宗(だてはるむね)))
(1550年に武田信玄が村上義清に大敗した戦いのことを一般に「○○崩れ」という?(タイピング)→砥石崩れ)


次の織田信長が全国を統一する過程で戦った戦いを古い順に選びなさい
桶狭間の戦い(1560)→姉川の戦い(1570)→長篠の戦い(1575)→天目山の戦い(1582)(甲州征伐)


次の豊臣秀吉が天下統一に至るまでの出来事を古い順に選びなさい
本能寺の変(1582年6月21日)→中国大返し(1582年約10日間)→賤ヶ岳の戦い(1583)→小牧・長久手の戦い(1584)→小田原征伐(1589)→奥州仕置(1590)
(小田原征伐(1590)=豊臣秀吉が関東の後北条氏を降した合戦)


次の戦国武将・上杉謙信に関する出来事を古い順に選びなさい
小田原城の戦い(1560)→尻垂坂の戦い(1572)→七尾城の戦い(1576)→手取川の戦い(1577)→御舘の乱(1578)
(小田原城の戦い(1560)=上杉氏・長尾氏の連合軍と後北条氏による合戦。上杉連合軍撤退)
(尻垂坂の戦い(しりたれざか)(1572)(富山県富山市)=上杉謙信軍が加賀一向一揆・越中一向一揆連合を破った戦い。富山城の戦いと言われることもある)
(1577年に上杉謙信に包囲され内乱を起こし、長綱連を討った遊佐続光の手で開城された能登畠山氏の居城は○○城?(スロット)→七尾城(ななおじょう)(石川県七尾市)(七尾城の戦い(1576)=能登畠山氏の滅亡))
(1577年に加賀国で織田信長が上杉謙信に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(タイピング)→手取川の戦い(てとりがわ)(石川県))
(上杉謙信の急死後、その家督をめぐって上杉景勝と上杉景虎の間で起こった内乱を○○の乱という?(タイピング)→御館の乱(おたてのらん)(1578))


次の戦国武将・浅井長政に関する出来事を古い順に選びなさい
金ヶ崎の戦い(1570)→姉川の戦い(1570)→志賀の陣(1570)→小谷城の戦い(1573)
(1570年に織田信長が浅井長政、朝倉義景、延暦寺の連合軍と衝突した戦いは「○○の陣」?(タイピング)→志賀の陣(しがのじん)(滋賀県大津市)(比叡山焼き討ち(1571)))
(戦国大名・浅井氏の居城だった滋賀県長浜市にあったお城です「小谷城」→小谷城(おだにじょう)(小谷城の戦い(1573)))


次の四国の戦国武将・長宗我部元親に関する出来事を古い順に選びなさい
八流の戦い(1569)→四万十川の戦い(1575)→賤ヶ岳の戦い(1583)→小牧・長久手の戦い(1584)→戸次川の戦い(1587)→文禄・慶長の役(1592,1598)
(八流の戦い(やながれ)(1569)=土佐国で長宗我部元親と安芸国虎(あきくにとら)との間に起こった合戦。長宗我部軍の勝利)
(四万十川の戦い(1575)=長宗我部氏と土佐一条氏の戦い。この合戦によって長宗我部元親の土佐(高知県)統一が決定的となった)
(1587年に長宗我部元親、仙石秀久ら秀吉の軍勢が島津家久に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(スロット)→戸次川の戦い(へつぎがわ)(島津軍の豊後府内平定、豊臣軍の大敗))


次の戦国武将・大友宗麟に関する出来事を古い順に選びなさい
二階崩れの変(1550)→大内輝弘の乱(1569)→耳川の戦い(1578)→岩屋城の戦い(1586)→戸次川の戦い(1587)
(1550年に勃発した、豊後国の戦国大名・大友氏のお家騒動の通称は「“何”崩れ」?(四択)→二階崩れの変(1550))
(大内輝弘の乱(おおうちてるひろ)(1569)=毛利元就の九州撤退、大内輝弘自害)
(日向に攻め込んだ大友宗麟軍を島津義久軍が迎え撃った1578年の合戦は「○川の戦い」?→耳川の戦い(みみかわ)(1578))
(1586年に島津忠長率いる島津軍が大友氏の家臣・高橋紹運を倒した、九州における戦いを「○○城の戦い」という?→岩屋城の戦い(福岡県太宰府市)(島津軍の勝利、高橋紹運自害))
(1587年に長宗我部元親、仙石秀久ら秀吉の軍勢が島津家久に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(スロット)→戸次川の戦い(島津軍の豊後府内平定、豊臣軍の大敗))


次の戦国武将・島津義久に関する出来事を古い順に選びなさい
木崎原の戦い(1572)→耳川の戦い(1578)→沖田畷の戦い(1584)→岩屋城の戦い(1586)
→戸次川の戦い(1587)→根白坂の戦い(1587)→庄内の乱(1599)
(1572年に伊東義祐の大軍が島津義弘のわずかな軍勢に日向国で敗れた戦いを「○○○の戦い」という?(スロット)→木崎原の戦い(きざきばる)(伊東義祐,いとうよしすけ,日向))
(日向に攻め込んだ大友宗麟軍を島津義久軍が迎え撃った1578年の合戦は「○川の戦い」?(タイピング)→耳川の戦い(みみかわ))
(1584年に肥後国で起きた、有馬・島津連合軍と龍造寺隆信軍による合戦は「○○畷の戦い」?(タイピング)→沖田畷の戦い)
(1586年に島津忠長率いる島津軍が大友氏の家臣・高橋紹運を倒した、九州における戦いを「○○城の戦い」という?→岩屋城の戦い(福岡県太宰府市)(島津軍の勝利、高橋紹運自害))
(1587年に長宗我部元親、仙石秀久ら秀吉の軍勢が島津家久に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(スロット)→戸次川の戦い(島津軍の豊後府内平定、豊臣軍の大敗)
(1587年に九州征伐を開始した豊臣秀吉軍と島津義久軍が日向国で激突した戦いを「○○○の戦い」という?(スロット)→根白坂の戦い(ねじろざか)(沖田綴→戸次川→根白坂))
(1599年関ヶ原の戦いの直前に起きた、島津氏とその家臣・伊集院氏との間で起きたお家騒動を「○○の乱」という?(スロット)→庄内の乱(宮崎県都城市)(関ヶ原の戦い直前の大乱であり島津氏が関ヶ原の戦いに大軍を送れなかった原因になったともいわれている))


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[武将 誕生順]
次の戦国武将を生まれた順に選びなさい
織田信長(1534-1582)
豊臣秀吉(1537-1598)
前田利家(1539-1599)
徳川家康(1543-1616)
浅井長政(1545-1573)
毛利輝元(1553-1625)
真田幸村(1567-1615)

次の戦国武将を死去したのが早い順に選びなさい
織田信長(1534-1582)
豊臣秀吉(1537-1598)
徳川家康(1543-1616)

次の織田信長の四天王を早く生まれた順に選びなさい
柴田勝家(1522-1583)
滝川一益(1525-1586)
明智光秀(1528-1582)
丹羽長秀(1535-1585)(したあに)

次の織田信長の息子を長男から順に選びなさい
織田信忠(おだのぶただ)(長男)(1557-1582)
織田信雄(おだのぶかつ,おだのぶお)(次男)(1558-1630)(松山藩の初代藩主である織田信長の次男「織田信雄」→織田信雄)
織田信孝(おだのぶたか)(三男)(1558-1583)

次の伊達氏の武将を生まれた順に選びなさい
伊達稙宗(だてたねむね)(伊達氏第14代当主)(1488-1565)
伊達晴宗(だてはるむね)(伊達氏第15代当主)(1519-1578)
伊達輝宗(だててるむね)(伊達氏第16代当主)(1544-1585)(伊達政宗の父)
伊達政宗(だてまさむね)(伊達氏仙台藩初代藩主:1600-1636)(伊達氏第17代当主)(1567-1636)
伊達忠宗(だてただむね)(伊達氏仙台藩第2代藩主:1636-1658)(1600-1658)(伊達政宗の息子)
(分国法の塵芥集を制定するなど伊達家の基礎を築いた人物です「伊達稙宗」→伊達稙宗(だてたねむね))

次の北条氏の武将を生まれた順に選びなさい
北条早雲(ほうじょうそううん)(後北条氏初代当主:1487-1516)(1432-1456)
北条氏綱(ほうじょううじつな)(後北条氏第2代当主:1512-1541)(1487-1541)
北条氏康(ほうじょううじやす)(後北条氏第3代当主:1541-1559)(1515-1571)
北条氏政(ほうじょううじまさ)(後北条氏第4代当主:1559-1580)(1538-1590)
北条氏直(ほうじょううじなお)(後北条氏第5代当主:1580-1591断絶)(1562-1591)

次の上杉氏の武将を生まれた順に選びなさい
上杉謙信(うえすぎけんしん)()(1530-1578)
上杉景勝(うえすぎかげかつ)(上杉氏米沢藩初代藩主:1601-1623)(1556-1623)
上杉定勝(うえすぎさだかつ)(上杉氏米沢藩第2代藩主:1623-1645)(1604-1645)

次の斎藤氏の武将を生まれた順に選びなさい
斎藤道三(さいとうどうさん)(斎藤氏初代当主:1541-1554)(1494-1556)
斎藤義龍(さいとうよしたつ)(斎藤氏第2代当主:1554-1561)(1527-1561)
斎藤龍興(さいとうたつおき)(斎藤氏第3代当主:1561-1573)(1548-1573)

次の浅井氏の武将を生まれた順に選びなさい
浅井亮政(あざいすけまさ)(浅井氏初代目当主:-1542)(1491-1542)
浅井久政(あざいひさまさ)(浅井氏第2代目当主:1542-1560)(1526-1573)
浅井長政(あざいながまさ)(浅井氏第3代目当主最後:1560-1573)(1545-1573)

次の朝倉氏の武将を生まれた順に選びなさい
朝倉貞景(あさくらさだかげ)(朝倉氏第9代当主:1486-1512)(1473-1512)
朝倉孝景(あさくらたかかげ)(朝倉氏第10代当主:1512-1548)(1493-1548)
朝倉義景(あさくらよしかげ)(朝倉氏第11代当主最後:1544-1573)(1533-1573)

次の三好氏の武将を生まれた順に選びなさい
三好元長(みよしもとなが)(三好氏第4代当主:1520-1532)(1501-1532)
三好長慶(みよしながよし)(三好氏第5代当主:1532-1564)(1522-1564)
三好義継(みよしよしつぐ)(三好氏第6代当主,事実上最後の当主:1564-1573)(1549-1573)

次の大内氏の武将を生まれた順に選びなさい
大内政弘(おおうちまさひろ)(周防大内氏第14代当主:1465-1494)(1446-1495)
大内義興(おおうちよしおき)(周防大内氏第15代当主:1494-1528)(1477-1529)
大内義隆(おおうちよしたか)(周防大内氏第16代当主:1528-1551)(1507-1551)
大内義長(おおうちよしなが)(周防大内氏第17代当主,事実上最後の当主:1552-1557)(1532-1557)

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[意味まとめ]
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  1. 2014/05/03(土) 12:53:36|
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戦国時代検定 線結び

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[基本]
次の戦国時代のできごととそのできごとが起こった西暦の正しい組み合わせを選びなさい
鉄砲伝来:1543年
キリスト教伝来:1549年
桶狭間の戦い:1560年
室町幕府滅亡:1573年
本能寺の変:1582年
関が原の戦い:1600年

次の戦国時代の武将と一時名乗っていた名前の正しい組み合わせを選びなさい  
豊臣秀吉:木下藤吉郎
徳川家康:松平元康
上杉謙信:長尾景虎

次の戦国時代の武将とその武将が仕えた人物の正しい組み合わせを選びなさい
山本勘助:武田信玄
直江兼続:上杉景勝
太原雪斎:今川義元
黒田官兵衛:豊臣秀吉
次の戦国時代の武将とそれに仕えた軍師の正しい組み合わせを選びなさい
上杉謙信:宇佐美定満
上杉景勝:直江兼続
羽柴秀吉:竹中半兵衛
徳川家康:本多正信
次の戦国武将と配下の軍師の正しい組み合わせを選びなさい
上杉謙信:宇佐美定満
武田信玄:山本勘助
大友宗麟:角隈石宗(つのくませきそう)

次の戦国時代の武将とその馬印の正しい組み合わせを選びなさい
織田信長:金塗りの唐傘
豊臣秀吉:金の逆さ瓢箪に金の切裂
徳川家康:金扇
上杉謙信:紺地朱の丸扇

次の戦国武将とその異名の正しい組み合わせを選びなさい
武田信玄:甲斐の虎
上杉謙信:越後の龍
斎藤道三:美濃のまむし
片倉重長:鬼の小十郎
龍造寺隆信:肥前の熊
飯富虎昌:甲山の猛虎(おぶとらまさ)

次の戦国武将とその幼名の正しい組み合わせを選びなさい
今川義元:芳菊丸(ほうぎくまる)
三好長慶:千熊丸
太田道灌:鶴千代
織田信忠:奇妙丸
伊達政宗:梵天丸
上杉謙信:虎千代
豊臣秀吉:日吉丸
徳川家康:竹千代

次の戦国武将と亡くなった場所の正しい組み合わせを選びなさい
武田信玄:三河街道
上杉謙信:春日山城
豊臣秀吉:伏見城
徳川家康:駿府城

次の戦国時代に「三大謀将」と呼ばれた武将と治めていた国の正しい組み合わせを選びなさい
宇喜多直家:備前(岡山県)
毛利元就:安芸
尼子経久:出雲

次の戦国武将の「五奉行」に数えられる武将とその担当の正しい組み合わせを選びなさい
浅野長政:司法担当(司法担当)
石田三成:司法・一般行政(行政担当)
増田長盛:土木担当(土木担当)
長束正家:知行・兵糧(財政担当)
前田玄以:公家・寺社(宗教担当)

次の旗印とその旗印を使った戦国武将の正しい組み合わせを選びなさい(画像)
前田利家:梅鉢(うめばち)(円形が五角形に並ぶ)
石田三成:大一大万大吉
今川義元:赤鳥紋(あかとり)(今川赤鳥)(動物の鳥ではなく昔の器具の「垢取り」の当て字)

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次の戦国時代に関する史料とその著者の正しい組み合わせを選びなさい
『信長公記』:太田牛一
『天正記』:大村由己
『三河物語』:大久保彦左衛門

次の戦国時代の武将と任ぜられた官位の正しい組み合わせを選びなさい
伊達政宗:陸奥守
北条氏康:相模守
結城秀康:三河守
長野業正:信濃守
蜂須賀家政:阿波守
加藤清正:肥後守
宗義智(そうよしとし):対馬守

次の戦国時代に存在した忍者の流派と、それが発生した旧国名の正しい組み合わせを選びなさい
福智流:下野国(栃木県,しもつけのくに)
忍光流:甲斐国(山梨県)
義経流:越前国(福井県,よしつねりゅう)
名取流:紀伊国(和歌山県)
福島流:安芸国(広島県)

次の「三弾正」と呼ばれた武田信玄の3人の部下と別名の正しい組み合わせを選びなさい
高坂昌信(こうさかまさのぶ):逃げ弾正
真田幸隆(さなだゆきたか):攻め弾正
保科正俊(ほしなまさとし):槍弾正

次の戦国武将と、その異名の正しい組み合わせを選びなさい
前田利家:槍の又左(またざ)
渡辺守綱:槍の半蔵 (わたなべもりつな,渡辺半蔵)
渡辺了:槍の勘兵衛 (わたなべさとる,渡辺勘兵衛)

次の上杉家の諸家とその家出身の人物の正しい組み合わせを選びなさい
犬懸上杉家(いぬがけ):上杉禅秀(ぜんしゅう)
扇谷上杉家(おうぎがやつ):上杉朝定(ともさだ)
山内上杉家(やまのうち):上杉憲政(のりまさ)

次の文字列を組み合わせて関ヶ原の戦いで東軍についた武将の名前にしなさい
徳川家康(256)
前田利長(84)
伊達政宗(58)
福島正則(24)
加藤清正(20)
細川忠興(18)
(池田輝政(15))
加藤嘉明(10)
藤堂高虎(11)
山内一豊(6)

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[戦]
次の川中島の戦いでの合戦とその別名の正しい組み合わせを選びなさい(1-5)
第一次合戦:布施の戦い(1553)
第二次合戦:犀川の戦い(1555)
第三次合戦:上野原の戦い(1557)(山梨県上野原市(うえのはらし))
第四次合戦:八幡原の戦い(1561)(長野県長野市八幡原(はちまんぱら))
第五次合戦:塩崎の対陣(1564)

次の戦国武将と本能寺の変が起こった時にいた場所の正しい組み合わせを選びなさい
羽柴秀吉:備中(岡山県)
柴田勝家:越中(富山県)
徳川家康:堺

次の戦国武将・織田信長が参加した戦いと対戦相手の正しい組み合わせを選びなさい
桶狭間の戦い(1560):今川義元
姉川の戦い(1570):浅井長政
手取川の戦い(1577):上杉謙信
(1577年に加賀国で織田信長が上杉謙信に大敗した戦いを「○○川の戦い」という?(タイピング)→手取川の戦い)

次の戦国武将・羽柴秀吉が参加した戦いと対戦相手の正しい組み合わせを選びなさい
上月城の戦い(1578):毛利輝元
山崎の戦い(1582):明智光秀
賤ヶ岳の戦い(1583):柴田勝家
小牧・長久手の戦い(1584):徳川家康
(1578年に播磨国で毛利輝元軍と尼子勝久・羽柴秀吉・山中幸盛連合軍が衝突した戦いのことを「○○城の戦い」という?(スロット)→上月城の戦い(兵庫県)(毛利軍の勝利、尼子氏滅亡))

次の戦国時代の合戦とその舞台となった場所の正しい組み合わせを選びなさい(画像)
桶狭間の戦い(1560):愛知県
山崎の戦い(1582):大阪と京都
関ヶ原の戦い(1600):岐阜県
大坂夏の陣(1615):大阪府

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[家系]
次の戦国武将・浅井長政の娘と嫁いだ相手の正しい組み合わせを選びなさい(浅井長政-お市)
淀殿:豊臣秀吉
初:京極高次
江:徳川秀忠
次の織田信長の妹・お市の方の娘と彼女らが嫁いだ戦国武将の正しい組み合わせを選びなさい(浅井長政-お市)
茶々(淀殿)(長女):豊臣秀吉(側室)
初(常高院)(次女):京極高次(正室)
江(崇源院)(三女):徳川秀忠(正室)(最初の婚姻は佐治一成だが豊臣秀吉によって離縁。2度目の婚姻は豊臣秀吉の甥・豊臣秀勝で娘の豊臣完子(さだこ)が生まれたが死別。3度目の婚姻が江戸幕府第2代将軍の徳川秀忠)

次の戦国武将・織田信長の娘と嫁いだ相手の正しい組み合わせを選びなさい(大意)
五徳(徳姫)(長女):松平信康(徳川家康の長男)
冬姫:蒲生氏郷
永姫:前田利長
秀子:筒井定次(つついさだつぐ)
(報恩院:丹羽長重の正室)
(三の丸殿:豊臣秀吉の側室)

次の豊臣秀吉の側室とその父である武将の正しい組み合わせを選びなさい
淀殿:浅井長政
加賀殿:前田利家
三の丸殿:織田信長
姫路殿:織田信包(おだのぶかね)
月桂院:足利頼純(あしかがよりずみ)
三条殿:蒲生賢秀(がもうかたひで)
松の丸殿:京極高吉(きょうごくたかよし)
お種殿:高田次郎左衛門

次の戦国時代の女性とその夫である武将の正しい組み合わせを選びなさい
芳春院:前田利家
築山殿:徳川家康
見性院:山内一豊

次の戦国武将と正室の正しい組み合わせを選びなさい
織田信長:濃姫
豊臣秀吉:ねね(高台院)
柴田勝家:お市の方
今川義元:定恵院(じょうけいいん)
前田利家:まつ(芳春院)
伊達政宗:愛姫(よしひめ,めごひめ)
斎藤道三:小見の方(おみのかた)
宇喜多秀家:豪姫
山内一豊:見性院(けんしょういん)
毛利元就:妙玖(みょうきゅう)
真田信幸:小松姫

次の戦国武将と母親の正しい組み合わせを選びなさい
今川義元:寿桂尼
武田信玄:大井夫人
上杉謙信:虎御前
伊達政宗:義姫(愛姫は伊達政宗の正室)
徳川家康:於大の方

次の戦国武将と娘の正しい組み合わせを選びなさい
毛利元就:五龍局(ごりゅうのつぼね)
明智光秀:細川ガラシャ
前田利家:豪姫(ごうひめ)
武田信玄:真理姫(真竜院)
織田信長:冬姫(次女)
徳川家康:督姫(とくひめ,次女)

--------------------
[キリシタン]
次のキリシタン大名とその洗礼名の正しい組み合わせを選びなさい
大友宗麟:フランシスコ(豊後)
大村純忠:バルトロメオ(肥前,初キリシタン大名)
有馬晴信:プロタジオ(肥前)
蒲生氏郷:レオ
高山右近:ジュスト
小西行長:アウグスティノ
黒田如水:シメオン(黒田孝高,くろだよしたか,豊前国中津城主)
黒田長政:ダミアン
木下勝俊:ペテロ
宇久純尭:ドン・ルイス(宇久純尭,うくすみたか)

次の文字列を組み合わせて天正遣欧少年使節のメンバーの名前にしなさい
伊東マンショ
千々石ミゲル
中浦ジュリアン
原マルティノ

--------------------
[分国法]
次の戦国時代に用いられた分国法とその制定者の正しい組み合わせを選びなさい
甲州法度之次第:武田氏
塵芥集:伊達氏
新加制式:三好氏

次の分国法とその国名の正しい組み合わせを選びなさい
塵芥集:陸奥国
朝倉敏景十七箇条:越前
大内家壁書:周防

--------------------
[剣の流派]
次の戦国時代に栄えた剣の流派とその開祖の正しい組み合わせを選びなさい
天流:斎藤勝秀(かつひで)(斎藤伝鬼坊)
霞流:真壁氏幹(まかべうじもと)
微塵流:根岸兎角(ねぎしとかく)
神影流:奥山公重(おくやまきみしげ)
新陰流:上泉信綱(かみいずみのぶつな)
馬庭念流:樋口定次(ひぐちさだつぐ)
柳生新陰流:柳生宗厳
(戦国時代に栄えた剣の流派で新陰流の開祖といえば?(文字パネル)→上泉信綱)
(戦国時代に栄えた剣の流派柳生新陰流の開祖です「柳生宗厳」→柳生宗厳(やぎゅうむねよし))
(樋口定次によって確立されたとされる、戦国時代に栄えた剣の流派は○○○流?(スロット)→馬庭念流)
(戦場で長い樫の棒を武器にして暴れまわったことから「鬼真壁」の異名で呼ばれた、戦国武将・佐竹義重の家臣は真壁○○?(スロット)→真壁氏幹(まかべうじもと)(霞流棒術)(樫,カシ)

--------------------
[陣形]
次の文字列を組み合わせて戦国における陣形の一般的な名称にしなさい
次の戦国時代の合戦で使われた陣形とその名称の正しい組み合わせを選びなさい(画像)
方円の陣(○型)
雁行の陣(/字型)
長蛇の陣(I型)
衝軛の陣(II型)
鶴翼の陣(V字型)
偃月の陣(Λ字型)
鋒矢の陣(↑型)
魚鱗の陣(魚型)

--------------------
[城]
次の戦国時代の城と居城していた武将の正しい組み合わせを選びなさい
観音寺城(滋賀県近江八幡市):六角義賢
小谷城(おだにじょう,滋賀県長浜市):浅井長政
月山富田城(島根県安来市):尼子経久

次の国宝となっているお城と築城した武将の正しい組み合わせを選びなさい
姫路城:池田輝政
彦根城:井伊直継(井伊直勝)
松本城:石川康長(いしかわやすなが)
犬山城:小笠原吉次(おがさわらよしつぐ)

次の城とその築城者の正しい組み合わせを選びなさい
鳥取城:山名誠通(やまなのぶみち)
松江城:堀尾吉晴 (島根県松江市)
広島城:毛利輝元
岩国城:吉川広家
次の四国の城とその築城者の正しい組み合わせを選びなさい(大意)
丸亀城:京極高知(きょうごくたかとも)
今治城:藤堂高虎 (愛媛県今治市)
伊予松山城:加藤嘉明 (愛媛県松山市)

次の関東七名城と呼ばれたお城と存在した関東の県の正しい組み合わせを選びなさい
新田金山城:群馬県(太田市)
太田城:茨城県(常陸太田市)
唐沢山城(からさわやまじょう):栃木県(佐野市)
(川越城:埼玉県(川越市))
(忍城:埼玉県(行田市))
(前橋城:群馬県(前橋市))
(宇都宮城:栃木県(宇都宮市))

次の城の縄張りの形式とそれに分類される城の正しい組み合わせを選びなさい
梯郭式:会津若松城(ていかくしき)(本丸を城郭の片隅に配置し、周囲の2方向あるいは3方向を他の曲輪で囲む縄張である)
連郭式:彦根城 (本丸と二の丸を並列に配置する縄張である)
輪郭式:名古屋城
螺旋式:姫路城
稜堡式:龍岡城(長野県佐久市,りょうほしき)

次の城とその地勢による分類の正しい組み合わせを選びなさい
姫路城:平山城
二条城:平城
竹田城:山城 (兵庫県朝来市(あさごし))

--------------------
[法名]
次の戦国時代の武将とその法名の正しい組み合わせを選びなさい
伊達政宗:瑞巌寺殿貞山禅利大居士(ずいがんじでんていざんぜんりだいこじ)
石田三成:江東院正岫因公大禅定門(こうとういんしょうしゅういんこうだいぜんじょうもん)
加藤清正:浄池院殿永運日乗大居士(じょうちいんでんえいうんにちじょうだいこじ)
浅井長政:養源院天英宗(ようげんいんてんえいそう)
長宗我部元親:雪渓如三大居士(せっけいじょさんだいこじ)
(伊達政宗:瑞巌寺、石田三成:江東院、加藤清正:浄池院、浅井長政:養源院、長宗我部元親:雪渓如)
織田信長:総見院殿贈大相国一品泰巌大居士(そうけんいんでん ぞうだいしょうこく いっぽんたいげんそんぎ)
豊臣秀吉:国泰祐松院殿霊山俊龍大居士(こくたいゆうしょういんでん れいぜんしゅんりゅうだいこじ)

--------------------
[語句作成]
次の文字列を組み合わせて「伊達の三傑」に数えられた3人の戦国武将の名前にしなさい
片倉景綱(かたくらかげつな)
伊達成実(だてしげざね)
茂庭綱元(もにわつなもと)

次の文字列を組み合わせて「上杉四天王」と呼ばれた上杉謙信に仕えた武将の名前にしなさい
直江景綱(なおえかげつな)
甘粕景持(あまかすかげもち)
柿崎景家(かきざきかげいえ)
宇佐美定満(うさみさだみつ)

次の文字列を組み合わせて七手組大将と呼ばれた上杉景勝の家臣の名前にしなさい
柿崎景家(かきざきかげいえ)
新発田長敦(しばたながあつ)
中条藤資(なかじょうふじすけ)
本庄繁長(ほんじょうしげなが)
(竹俣清綱(たけのまたきよつな)
(色部勝長(いろべかつなが))
(加地春綱(かじはるつな))

次の文字列を組み合わせて1600年の上田合戦で功績をあげ「上田七本槍」と呼ばれた徳川家康の家臣の名前にしなさい
中山照守(なかやまてるもり)
小野忠明(おのただあき)
辻久吉(つじひさよし)
鎮目惟明(しずめこれあき)
戸田光正(とだみつまさ)
斎藤信吉(さいとうのぶよし)
朝倉宣正(あさくらのぶまさ)

次の文字列を組み合わせて「黒田八虎」と呼ばれた黒田如水の優秀な部下の名前にしなさい(黒田八虎,くろだはっこ)
井上之房(いのうえゆきふさ)
栗山利安(くりやまとしやす)
黒田一成(くろだかずしげ)
後藤基次(ごとうもとつぐ)
母里友信(もりとものぶ)
(黒田利高(くろだとしたか))
(黒田利則(くろだとしのり))
(黒田直之(くろだなおゆき))

次の文字を組み合わせて龍造寺四天王と呼ばれた戦国武将・龍造寺隆信の家臣の名前にしなさい
江里口信常(えりぐちのぶつね)
成松信勝(なりまつのぶかつ)
百武賢兼(ひゃくたけともかね)
円城寺信胤(えんじょうじのぶたね)
木下昌直(きのしたまさなお)

次の文字列を組み合わせて島津四勇将と呼ばれた戦国大名・島津氏の家臣の名前にしなさい
新納忠元(にいろただもと)
川上久朗(かわかみひさあき)
鎌田政年(かまたまさとし)
肝付兼盛(きもつきかねもり)

次の文字列を組み合わせて戦国三大美少年と呼ばれる小姓の名前にしなさい
名古屋山三郎(なごやさんさぶろう)
不破万作(ふわばんさく)
浅香庄次郎(あさかしょうじろう)

次の文字列を組み合わせて「美濃三人衆」と呼ばれた戦国武将の名前にしなさい
氏家ト全
安藤守就
稲葉一鉄

次の文字列を組み合わせて「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた戦国武将の名前にしなさい
福島正則
加藤清正
加藤嘉明(かとうよしあき)
脇坂安治(わきざかやすはる)
平野長泰
糟屋武則(かすやたけのり)
片桐且元

次の文字列を組み合わせて小豆坂の戦いで功績をあげ「小豆坂七本槍」と呼ばれた織田信秀の家臣の名前にしなさい
織田信光(おだのぶみつ)
織田信房(おだのぶふさ)
岡田重能(おかだしげよし)
佐々政次(さっさまさつぐ)
佐々孫介(さっさまごすけ)
中野一安(なかのかずやす)
下方貞清(しもかたさだきよ)

次の文字列を組み合わせて織田四天王と呼ばれた織田信長の家臣の名前にしなさい
柴田勝家
滝川一益
明智光秀
丹羽長秀

次の文字列を組み合わせて豊臣政権で「五奉行」と呼ばれた人物の名前にしなさい
浅野長政(司法担当)
石田三成(行政担当)
増田長盛(土木担当)
長束正家(財政担当)
前田玄以(宗教担当)

次の文字列を組み合わせて「羽柴四天王」と呼ばれた豊臣秀吉古参の家臣の名前にしなさい
宮田光次(みやたみつつぐ)
神子田正治(みこだまさはる)
尾藤知宣(びとうとものぶ)
戸田勝隆(とだかつたか)

次の文字列を組み合わせて豊臣秀吉が組織した旗本衆七手組の組頭を務めた武将の名前にしなさい
速水守久(はやみもりひさ)
伊東長実(いとうながざね)
中島氏種(なかしまうじたね)
真野頼包(まのよりかね)
青木一重(あおきかずしげ)
(堀田盛高(ほったもりたか))
(野々村幸成(ののむらゆきなり))
(松浦秀任(まつうらひでとう))

次の文字列を組み合わせて大阪の役に浪人として参加した「五人衆」の名前にしなさい
真田幸村
毛利勝永(もうりかつなが)
明石全登(あかしたけのり)
長宗我部盛親(ちょうそかべもりちか)
後藤又兵衛(ごとうまたべえ)(後藤基次,ごとうもとつぐ)

次の文字列を組み合わせて武田信玄が軍旗に記した有名な文句にしなさい
疾きこと風の如く
徐かなること林の如く
侵掠すること火の如く
動かざること山の如し

--------------------
[意味まとめ]
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  1. 2014/05/03(土) 12:53:09|
  2. 戦国時代検定
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:0

戦国時代検定 キューブ

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1585年に徳川家康のもとから出奔した武将です
→石川数正(いしかわかずまさ)
「五奉行」の一人である戦国時代の武将です
→浅野長政(あさのながまさ)
「五大老」の一人である戦国時代の武将です
→宇喜多秀家(うきたひでいえ)
「真田十勇士」の一人です
→穴山小助(あなやまこすけ)(穴山小介)
「真田十勇士」の一人です
→由利鎌之助(ゆりかまのすけ)
「真田十勇士」の一人です
→根津甚八(ねづじんぱち)
ここで羽柴秀吉が柴田勝家を破りました
→賤ヶ岳(しずがたけ)
従兄弟である堀秀政に仕えた「天下の三陪臣」の一人
→堀直政(ほりなおまさ)
江戸時代に仙台を訪れて伊達政宗に謁見したスペインの探検家
→セバスティアン・ビスカイノ(Sebastian Vizcaino)
織田信長が自害しました
→本能寺(ほんのうじ)
織田信長が琵琶湖畔に築きました
→安土城(あづちじょう)
織田信長と豊臣秀吉が政権を握った時代です
→織豊時代(しょくほうじだい)
織田信長の信任を得て南蛮寺を設立したイエズス会宣教師です
→グネッキ・ソルディ・オルガンティーノ(Gnecchi-Soldo Organtino)
城を構成する区画の一つです
→三の丸(さんのまる)
城を構成する区画の一つです
→西の丸(にしのまる)
戦国時代に栄えた剣の流派です
→深甚流(ふかじんりゅう)
戦国時代に活躍した水墨画家です
→雪舟(せっしゅう)
戦国時代に活躍した水墨画家です
→長谷川等伯(はせがわとうはく)
戦国時代の分国法の一つです
→新加制式(しんかせいしき)(22ヶ条)(阿波の三好氏)(徳島県三好市)
東京の「有楽町」に名を残す織田信長の弟
→織田有楽斎(おだうらくさい)
豊臣秀吉の正室です
→高台院(こうだいいん)
羽柴秀吉が明智光秀を破る「山崎の戦い」の舞台となった山
→天王山(てんのうざん)
秀吉が北野大茶会に招いたわび茶の大成者です
→千利休(せんのりきゅう)
本名を「信繁」という、「大坂夏の陣」で家康に迫った武将
→真田幸村(さなだゆきむら)
大和の郡山城主でもあった豊臣秀吉の五奉行の一人
→増田長盛(ましたながもり)
--------------------
[意味まとめ]
--------------------
  1. 2014/05/03(土) 12:52:39|
  2. 戦国時代検定
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